Neutral Frame.

上映のない映画館

2025.10.16

二年前、わたしにとってのカリスマが死んだ。訃報は、彼の死後二週間ほど経ってからSNSで公表された。

出会いはわたしが高校生の頃だった。彼の音楽が、詩が、存在そのものが、無造作にわたしの心を毟り取った。多くの人と同じように、わたしも彼に近づこうと自然と楽器を手に取った。

今の人たちが言う『推し』という言葉は、どうもピンとこない。けれど、愛を語れる対象という意味では、あの言葉の中にある感情の一部を、わたしも確かに抱いていたのかもしれない。ただ、決してその語だけでは捉えきれない。無条件の愛と憧れと、模倣の欲望が入り混じった唯一無二の存在であり、彼はわたしの世界を形づくる一部だった。

喪失は二度目のことだった。

最初は、彼のバンドが解散した時だ。わたしは大学生だった。その頃のわたしは、正確には彼をバンドごと愛していた。ゆえに解散は即ち「死」だった。彼はその後も音楽活動を続けたが、わたしは異なる音楽性を受け入れるのに時間を要した。再びライブに足を運ぶようになったのは、彼が亡くなる二年前のことだった。

そして2023年の暮れ。

ニュースサイトの見出しに「死去」という二文字が並んだ。涙は出なかった。彼はもう半月も前に、この世界を去っていたのだ。そう考えると、悲しむ機会さえ与えられなかったように感じた。現実が静かに形を変えていくのを、遠くから見ていた。

あまりメディアへの露出が多い印象ではなかった彼の死を、テレビが、ラジオが、新聞が報道したことは驚きだった。その存在の大きさを改めて突きつけられた。

わたしの知らないライブ映像、過去のインタビュー、追悼番組、ドキュメンタリー。彼の声と顔が、日々マスメディアに、SNSのタイムラインにあふれた。そしてそれは、彼の死からまもなく二年を迎える今も続いている。

生きていた頃よりも、いまの方が彼を見ている。まるで死が再生の合図になったかのようだ。死後、彼はむしろわたしの日常に入り込み、以前よりも身近な存在になっている。

思い返せば、マイケル・ジャクソンが亡くなったときもそうだった。リハーサル映像をもとに『THIS IS IT』という映画が作られた。ステージに立つはずだった人物が、死によって完成したステージに立たされた。観客は涙を流し、スクリーンの中の彼に拍手を送った。死が、完結のための装置になった。

未公開の音源、未編集の映像、アーカイブ化された声。掘り起こされ、編集され、整えられて、デジタルの海に放流される。死者は、死後の物語の中で再び立ち上がる。

いまや、死は、人の終焉を意味しなくなったのかもしれない。記録が残り、データが生き続ける限り、「再生」はいつでも可能だ。文字どおり、死者は生き返る。生者が望む限り。

──ふと考える。

わたしの死は、どこに置かれるのだろう。

誰にも知られずに生き、誰にも再生されないまま死んでいく人間。データの中に生きることもなく、再生されることもない存在。

わたしの死後、わたしを再生しようとする人は、何人いるだろう。誰のタイムラインにも流れず、誰の声にも残らないまま、ただ静かに闇に沈んでいく。

そんなことを想像するとき、無人の映画館が頭に浮かぶ。

館内には、冷えた空気だけが滞っている。赤い椅子の列は整然と並び、誰の体温も宿していない。暗闇の中で、目を細めて見ると前方に幕の開いたままのスクリーンがある。後方の映写室からは明かりが漏れている。ガラス越しの光が、幕の奥に向かってまっすぐ伸びている。誰もいないのに、上映の準備だけが整っていた。わたしは小さな部屋の片隅で、観客を待っている。

再生の合図を待つ機械が、沈黙のまま佇んでいる。けれど、観客は来ない。ならば、触れる理由もない。

闇と静寂が溶け合い、境界がなくなっていく。自分の輪郭さえ、徐々に消えていく。

わたしの本当の死──それは上映のない小さな映画館だろう。

どこかで、フィルムの終端が回り続けている音がする気がした。何も映らない映画館の中で、静かに、世界は終わる。

それもまた、ひとつの完結の形である。

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