米を研ぐ
米が高い。
独り身だから、子どものいる家庭ほど切実に家計を圧迫するわけではない。それでも値段を見るたびに、カートに入れることを躊躇する。贅沢できずとも、とりあえず米は食える、が日本の食糧事情ではなかったか。生産に関わる皆様には申し訳ないのだけど、いまだに抵抗感がある。
そんな時期だから、昨年の忘年会では、どこに行っても余興の景品に米があった。わたしはそこで、五キロの米を二つ。合計十キロを当てた。
「いいなあ、米」と盛り上がる会場に複雑な気持ちだった。iPadや目玉の電化製品とは違う盛り上がり方。米は、正直助かる。だけど、年末の余興でもらうものとしてはあまりに生活感がありすぎる。ネタ枠でもない。切実な空気が、笑えなかったのである。
そんなわけで、しばらく米には困らなくなった。困らなくなったのはありがたいのだが、もらったのはどちらも無洗米ではなかった。わたしは普段、無洗米しか買わない。理由はシンプルに楽だからだ。
だから、久しぶりにボウルに米をあけて、水を注ぎ、指先でかき回したとき、妙に懐かしい気持ちになった。
わたしの両親は共働きだった。それでも母は、毎日きちんと夕飯を作ってくれた。帰りが少し遅くなる日は、先に米だけ炊いておいて、と頼まれることがあった。
小さいわたしは、研ぎ汁が透明になるまで、ひたすら米を研いだ。栄養や風味の点でも、研ぎすぎは良くないのだろうけど、そんなことは知らず、ただ、きれいになったほうがいいと思ってひたすら研いだ。そうして炊き上がった米は、食卓でつやつやに光っていた。
それを見るたび、母は少し大げさなくらい驚いて、褒めてくれた。あなたが研ぐお米は輝いている、と笑う。そのたびに、わたしは少し得意になった。褒めてもらえたことで、その行為が意味のあるものになった。
玉ねぎのお使いも特別なものだった。袋に三つ入って売られている玉ねぎを、わたしは色んな角度からじっと見て、できるだけすべての形がきれいで、つやつやのものを選ぶクセがあった。ずいぶん気味の悪い子どもである。スーパーで、お菓子でも玩具でもなく、玉ねぎの山をひっくり返してずっと選んでいるのだから。母はそれにも、玉ねぎを選ぶプロだ、と笑って褒めてくれた。
結果、わたしは家の中で、米を研ぐことと、玉ねぎを選ぶことにだけ妙にこだわる子どもになった。
そんなことを思い出したのだ。
米を研ぐときは、少しだけ念入りになる。玉ねぎを見ると、無意識にいちばん整ったものを選ぼうとする。別に、誰かに褒められたいわけではない。でも身体が勝手に動くのだ。
人に喜んでもらった記憶というのは、それだけ強く人に残るのだな、と思う。
米5キロ。生活感のありすぎる景品に、少し可笑しさを感じた。誰に褒められるわけでもないのに、丁寧に米を研いでいる自分に気づいて、それにも苦笑いした。
人は、案外こういうことでできている。思想でも、美学でもない。誰かに喜んでもらえた、その記憶ひとつで、何年経っても玉ねぎを吟味し、米を丁寧に研いでしまう。まるで呪いのようでもある。わたしも誰かにそんなものを残せるだろうか。
滑稽だな、と思いながら、今日も米を研ぐ。
もう誰も、その丁寧さを見ていない。それでもわたしは、少しだけ念入りに米を研ぐ。
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