Neutral Frame.

尽きるもの、組み直すもの

2026.05.11

自分の存在を預けていた場所が、一つ消えた。

人生のある時期から、自分はどうやら人と生活していくことは難しそうだと考えるようになった。必要以上には人と深く関わらず、日々をやり過ごしていくことは不可能ではない。孤独とは単純にそのような覚悟さえ決めればなんとか乗り切れる問題だと認識していた。

窮屈さを抱えながら誰かと近く暮らしていくよりも、ひとりでいられる自由さを選び、その代わりに孤独を引き受けるほうが楽なのだと、わたしは信じていた。

けれど、それはずいぶん浅い見方だったと、いまは思う。

人は、他者との関係のなかで存在している。誰かが自分のことを知っているということは、これまでの自分と、これからの自分が同じ人間であることを、その変化の過程も含めて、引き受けてくれていることでもある。大袈裟に言えば、他者は自分の存在の証人であり、自分の輪郭を確認するための、鏡でもある。

その意味で、誰かとの別れは、その人と自分のあいだに置かれていた、わたしという人間の系譜や文脈、その証明そのものが、一緒に失われてしまうということだとも言える。

わたしの存在の一番の証人であるのは父母だろう。生まれてから今までのわたしを記憶し、生かしてくれている。その両親も歳をとり、日々弱々しくなっていく。避けようのない別れが、刻々と近づく事実からは目を背けたくすらなる。両親の死は、わたし自身も記憶していないような、幼少期からのわたしの存在の大部分がこの世界から失われることと同義だ。

歳をとれば、新たに友人と呼べるような存在は、そうそう生まれない。学生のころから続いてきた友人たちも、それぞれの家庭の中で親としての役割を果たしながら次の段階へ進む。少しずつ人との縁は薄れていく。

他者との繋がりが少なくなってきて、ようやく気がつく。孤独とは、単に関わる人の数が減ることではない。わたしがどのような人間で、これまで何を抱えてきて、これから何を成そうとしているのか──現在に繋がるわたしという人間そのものの歴史、コンテクストを、証明してくれる人が、ひとり、またひとりと減っていくこと、すなわち自分自身が消えていくことなのだ。

仕事とも家族とも友人関係とも離れ、素の自分でいられる場所を見つけた。過剰に干渉されることもなく、適度な距離感でお互いを認識できる場所。そこにも、時間を重ねればわたしという人間の文脈が静かに積み重なる。そうしてできた場所が、その日、終わりを迎えた。

それは、そこで通用していた自分という人間の輪郭まで、一緒に行き場を失うということだ。関係の終わりであると同時に、ひとつの世界が閉じることでもある。

人との関わりがもっと豊かで、いくつも居場所がある時期には、このことには気がつかなかった。周囲との関係が少しずつ希薄になってはじめて、それが切実なものとして立ち上がってくる。孤独の正体とは、そういうものだった。

そのことを理解したいま、別れというものは、以前よりも、ずっと重く感じる。

しかし証人たるその人たちにも、場所にも、自由があり、義務はない。同じ環境はずっとは続かないほうが常なのだ。失われたものをどう引き受けるかは、わたし自身の責任だ。

別のかたちの関係を、これからも作っていくことはできる。新しい場所を探すことは簡単なことではないが。しかし自分が卑屈に縮こまって、ただ嘆いて行動を起こさなければ、新しい居場所など見つかりようもない。

その日、終わりを迎える場所との別れを惜しんで、沢山の人が集まった。その最後の場で、わたしはいままで隣り合うだけだった人たちと、ようやく言葉らしい言葉を交わした。わたしはここにきてやっと、自分から他者とつながりたいと思えたのである。連絡先を交換し、近いうちに会おうという約束も生まれた。終わる場所が、最後に、予期しない贈り物を残してくれた。

創作を続けて誰かと繋がろうとすることもいい。新しい場所に足を運び、新しい人と出会うことだけでもいい。さまざまな場所で、いろんな文脈を、少しずつ編みながら生きていく。失われるたびに、自分の輪郭を組み直す。人の生というのは、そうした不安定さを繰り返しながら、自分が必要と思う最小限の居場所を見つけ直していくことの繰り返しなのだろう。

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